ジブリパーク愛知県はいつ?構想推進室鈴木敏夫氏ラピュタ誕生秘話付

スポンサーリンク

日本のアニメ映画界を支えた2人の天才がいるスタジオジブリ。

1984年風の谷のナウシカ以来話題となる人気作を次々と世に送り出す。

スタジオジブリ最新作という文字に多くの方が、世界観に期待する。

多くの雑誌やテレビでお勧めの文字が出る。

広告等が出れば、関連ツイートも話題を取り扱うメディア記事も必ずアクセスを集める。

2017年にも邦画1位の常連となったジブリが徐々に映画の中の世界だけでなく、リアルな世界にも出てきた。

その1つが、ジブリレイアウト展。

それまでは、多くの方が原画なども見る事が出来なかった作品が、大阪、福井、大分、静岡などでも開催されている。

これだけでなく、2017年にはさらに大きな構想の話が飛び出した。

それが、スタジオジブリパーク構想。

どれだけ規模が大きく、そしてリアルな展望なのか?

この答えには、愛知県が話題になっている。

2020年代には、間違いなく、大きな話題になると思う。

構想の中には、今既存で存在する施設を活用する案が飛び出している。

この記事では、少しスタジオジブリの新しい世界観であるテーマパークという視点について、ご紹介していきたいと思います。

サイト管理人2児パパと申します。

私も家族を連れて、実際の場所に今でも行ってみたい。

そんな感覚もありながら、利用客となりたい期待感を込めて、以下のような項目で記事をご紹介していきます。

ジブリパーク愛知県の場所候補地と理由

ジブリパーク愛知県はいつから?

ジブリパーク構想推進室鈴木敏夫氏秘話

これからの東海エリア観光スポットになる可能性。

海外の反応。

働きたい方に求人採用やホテル等も影響さえも期待される程の大規模な計画。

ちょっとその一部だけでもご覧ください。

スポンサーリンク

ジブリパーク愛知県の場所候補地と理由

ジブリパーク愛知県建設予定地案

スポンサーリンク

スタジオジブリが打ち出したジブリパークは愛知県のどこに作られるのか?

世界的にも注目が集まる開催地がこの構想の軸といても今話題になっている。

2018年に発売されている書籍などでもこうした情報を扱う雑誌が多い。

実際にどの場所にどんな構想が出てきているのかをご紹介していきます。

ジブリパークと愛知県愛・地球博記念公園の関係

場所はどこ?

そんな大規模な敷地を有する公園や土地はどこにある?

このような案に対して、今最も話題性が高まっているのが、愛知県長久手市(読み:あいちけんながくてし)。

なぜこの場所が今日本で話題になっているのか?

この点には、明確な根拠があった。

スタジオジブリの名作「となりのトトロ」の「サツキとメイの家」の再現施設の存在。

実際に公開されている建物があるという事から、この建物を活用した構想が現在話題になっている。

Google等でチェックすると、サツキとメイの家受付という内容で建物内の画像が出てくる。

この状況からも愛・地球博記念公園(通称モリコロパーク)の中に、実際に建物があることは確認できる。

こうした写真なども理由になり、これからリアルなテーマパークアトラクションなど構想を実現しようと予定しているようです。

 

ジブリパーク愛知県はいつから?

ジブリパーク愛知県いつ

今現時点での構想が出ているのは、2020年東京オリンピックと同時に開園予定になっているようです。

ジブリパーク愛知県の地球博公園の規模

ジブリパークはもちろん少しでも早く見たいし行きたい!

でもそのテーマパークのオープン予定地はどれだけの規模の大きさなのか?

スムーズに工事などは出来そうなのか?

こうした点はオリンピック開催もそうですが、やはり気になるところ。

世界的にも期待が高まる東京オリンピックと同時の開催を予定しているジブリパーク。

この愛・地球博記念公園というのは、どれだけ大きいのか?

そして、愛知県はスムーズに工事が出来るのか?

こすいた点を紹介していきます。

愛知県長久手市にあるこの公園は、愛知県営の都市公園。

元は、2005年日本国際博覧会長久手会場として利用された跡地を利用しているようです。

もっと大きく見ていくと、愛知青少年公園の敷地内。

この規模は、ウォーキングコースでも3キロ、5キロ、ジョギングコースでも1.8kmがあるような敷地。

園内には、バスも通っており、かなり大規模な式とを使った施設が多数入っているようです。

実際にジブリパークはその隣接したまだ森林が多いエリアでの建設予定。

この状況であれば、他の施設との融合を考えて、いろいろスムーズに工事が進みそうですね。

 

ジブリパーク構想推進室鈴木敏夫氏秘話

ジブリパーク構想推進室キャスト

ジブリパークの内容や問題解決、広告戦略等を含めた開業前のテーマパークを現在チェックしていたりする人たちの集まりが構想推進室という名称で注目されている。

この中に、スタジオジブリ映画プロデューサーである鈴木敏夫氏がいる。

鈴木敏夫氏は、以下のようなスタジオジブリ作品でプロデューサーとして活躍をした人物。

1991年公開おもひでぽろぽろ

1992年公開紅の豚

1994年公開平成狸合戦ぽんぽこ

1995年公開耳をすませば

1995年公開ジブリ実験劇場オンユアマーク

1997年もののけ姫

1999年ホーホケキョとなりの山田くん

2001年千と千尋の神隠し。

2002年めいとこねこバス。

2004年ハウルの動く城

2006年ゲド戦記

2008年崖の上のポニョ。

2010年借りぐらしのアリエッティ

2011年コクリコ坂から

この他にも制作プロデューサーとしてもその他の作品に貢献している人物。

この鈴木敏夫氏がジブリパークの構想案におけるインタビューで名作となる天空の城ラピュタの制作秘話を語っていました。

ジブリパーク構想推進室鈴木氏が語ったラピュタ誕生

風の谷のナウシカの大ヒットによる成功から誕生したのが、現在のジブリ。

そして、そこで稼いだ資金を宮崎氏は、ドキュメンタリー映画の出資をしたそうです。

その結果、そのお金を全部使ってしまった。

そこで困ったという事になり、誕生したのが、天空の城ラピュタ誕生につながったそうです。

そして、このラピュタ誕生のおおもとのストーリーを作った背景がさらにすごい。

宮崎氏は、ラピュタの原案を「小学生時代に考えた」という話をしたそうです。

あの壮大な展開、世界観を過去の成功から理念を決めた人が作るではない。

もともとは仮称とされる原案が会社の有無を全く問わない小学生が考えている。

こんなことを特集ページの中で語っていたのを見て、正直このインタビューでもありましたが、本当に天才って文字に値する人はすごすぎると思いました。

ジブリパーク構想推進室鈴木氏が語ったポニョの秘話

崖の上のポニョについても、ラピュタ同様の面白い話がありました。

それは、ポニョの帰る場所という話でした。

ポニョは海に居る。

だったら、海に帰るのは、自然な話。

でも、このエンディングをその「普通」を覆す発想を本気で考えたそうです。

このような発想は、やはり企画をする上で、未来にも子供たちが見続けてくれることへの期待感や世界観の継承にリンクしていると思います。

映画のパッケージや写真では、海に小さなポニョが写っている。

このような表示内容でしかない。

まさか、その展開に、「海に返すのは嫌だ!」

こんな発想から、実現化をさせるなんて言うのは、やはり普通の人には出来る話ではない。

構想したラストという舞台とのマッチングポイント。

日本で今の子供でも80年代の話題作であるジブリ映画を見て、その世界観を楽しめる。

親子で利用する映画鑑賞の時間に、ジブリの世界観が通用しない時が少ない。

こんなすごい光景は、マーケティングとか広告戦略というだけでなく、どの作品にも苦悩がある中で、今世に送り出される以前の構想内容に驚かされる。

今後もそんな宮崎駿監督がどの位の期間を経て最新作を打ち出すかが待ち遠しい。

そして、日本歴代1位となった興行収益308億円というとんでもない数字を出している千と千尋の神隠しを超える作品がこの2017年5月の引退撤回時に見えていたのか?

こんな話をまたいつかどこかのニュースやテレビ、雑誌のインタビュー等で語られるのを楽しみにしたいですね。

 

 

スポンサーリンク


当サイト人気コンテンツ
住宅ローン審査通過のコツディズニーデート成功法ディズニー子連れ体験談ディズニーランドシー妊婦体験談

コメントを残す

サブコンテンツ

2児パパプロフィール

312167595060 (1)

2児パパ

私の簡単な自己紹介

年齢 30代
東海地方在住

旅行記事や恋愛記事は体験談に基づきご紹介しています
私へのご相談もお待ちしております。

お名前もペンネームで結構ですから、お気軽にコメント欄を活用してください。

48時間以内に確実にご対応させていただくことをお約束します。
私個人の壮絶な人生やこのサイトを立ち上げた趣旨については、2児パパプロフィールでご紹介しています。
Google+ 2児パパツイッター

このページの先頭へ